《結論》


 ジャポニスムが欧米社会に進出して100年余り。日本の美意識を認識し吸収した西洋の文化は、かつての日本の文化と同じように芸術と装飾美術・工芸デザインなど、応用芸術の境界線を曖昧にしてきた。もちろん応用美術に対する新しい思想の背景には、当時の科学技術の発達による機械依存やマス・メディアの普及によって応用芸術の地位が向上したという、欧米の社会思想が存在したからと考えられる。
 第2章でも述べたとおり、元々芸術至上主義的な絵画や彫刻と装飾美術や工芸デザインとは一線を画していた。機械大量生産による製品の質や造形美が問われだした19世紀末、欧米人は改めて形と色について考える機会を与えられ、両者の境界線が無意味な事を知った。こうして芸術と応用芸術の融合が実現した。これはかつて日本人が持っていた芸術観であり、美意識であったのである。
 北斎・広重を皮切りに日本の美術工芸品を通じ、日本の美意識が欧米社会に認識され、伝統的な欧米文化に刺激を与えた。欧米文化が少しずつ変わっていく様子が今世紀初頭に終焉を迎えたかに見えたのは、第2章の最後の項に述べた意見のほかに、欧米人が日本の精神性を理解し、彼らなりに咀嚼・吸収したからである。
 これまでのジャポニスム論は印象派の浮世絵による影響について記載されているものが殆どであった。例えばアール・ヌーヴォについての古い資料では、アール・ヌーヴォはゴシック、ロココ、バロックなど伝統的なヨーロッパの装飾様式の延長であるとか、装飾性と叙情性に富むラファエル前派などの唯美主義の影響だというような指摘が大部分であり、日本美術の影響については東洋的な影響という記載以外、殆ど見当たらない。こうした誤った意見は美術史研究に起こりがちな現象なのであろう。
 私はそうした偏った見方にならないよう、ジャポニスムを多方面の視点から研究したつもりである。ただ欧米における文化の変化は異文化の他国への影響だけではない、複雑な要因を持っているものである。ジャポニスム研究によって他の要因が多少無視された形になってしまっている。これからは他の要因と関連付けながらジャポニスムを研究していくべきであると考える。
 私はこのジャポニスムの研究をして気がついたことがある。それは現代社会にもジャポニスムが生かされていることである。ジャポニスムの造形のコンセプトはデザインの構成原理としてグラフィック・デザインや映像、ファッションなどにも今も息づいているのである。このような意味で、我々日本の先人たちの美意識に対し、心から敬服の念を感じずにいられない。
 産業革命による経済の繁栄が科学信仰を生み出し、来るべき20世紀に大きな期待を寄せ、先人たちは現代文明を築いた。そして世紀末の現在、情報化社会を間近に控えた今こそ、日本人固有の美と美意識の原点を探る事で感性を磨く事が必要でないかと思う。(終)


(2000年1月作成)


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